浅井 忍
先達は古典を読むべきだとアドバイスするが、『古事記』を原文で読むことは国文学研究者でもない限りむずかしい。そこで多くの現代語訳や若年者向け訳、漫画までもが出版されている。『古事記』を愛するWebデザイナーの著者が、『古事記』をライトノベル風に訳したサイトを立ち上げたところ、「わかり易くて面白い」と評判になった。それを書籍化したのが本書。『古事記』は天武天皇の命を受けて、天才の語り部・稗田阿礼の頭の中にある日本の伝承を太安万侶が記述し、712年に天智天皇の娘である元明天皇に献上されたもの。
本書は、出来上がったばかりの『古事記』を、元明天皇に献上した場面から始まる。
「えぇと?……天地初發之時於高天原成神名天之御中主神訓……解読するのに、35年くらいかかりそう。……ラノベみたいに面白おかしく読みたいのよ」と、『古事記』に目を通しながら元明天皇が仰せられる。
「献上した『古事記』の内容は無視していいですよ……神様たちに勝手に変なキャラ付けしてふざけても怒りません。なんなら盛っちゃってください」と安万侶が阿礼に翻訳の方針を伝える。
「そうか、それなら得意だ。任せろ」と阿礼が請け負って、出来上がったのが本書である。
各章の初めには、チャプター・チャートという神々の相関図がイラスト入りで示されていて、長くて覚えにくい神々の名前やあやふやになりがちな血縁関係を確認できる心配りがされている。
本書では神々がイケメンかそうでないか、美人かブスかの見たくれが重要な関心事なのである。男と女が出会うと、惚れた腫れたとなり、まぐわうという展開があっけらかんと描かれている。下ネタが多めで「ゆるふわ」感に満ちている。それは現在の日本の世相と恐ろしいくらい似ている。
「山幸彦と海幸彦」の章では、オオワダツミノカミ(海の神)が山幸彦(アマテラスの息子で、三つ子のひとり)に出会って声をかける。「かなり前になりますが、アマテラス様から『三つ子の曾孫が生まれました』って、写真付きの年賀状が送られてきましたよ」と、現代にはありがちなエピソードが語られる。こんな風だから、「本書は古事記のストーリーを楽しんでいただくことを目的としているため、学術的な正当性を示すものではありません」というエクスキューズが必要になる。細かいことに目くじらを立てないで、これが日本の創世記の大まかなところだと、割り切って読むのがいい。
『古事記』は3巻よりなっていて、本書は序および神話の「上つ巻」を訳したもの。「中つ巻(初代神武天皇から第15代応神天皇まで)」、「下つ巻(第16代仁徳天皇から第33代推古天皇まで)」については、相変わらぬ「ゆるふわ」なラノベ訳がネットに逐次掲載されている。
『ラノベ 古事記』
著者 | 小野寺 優 |
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出版 | KADOKAWA 2017年 |
定価 | 1,400円 |