高橋 美徳
美人タレントが美しい海岸で人魚を演じているエステ店のCMを見た。画像の中にプラスチックによる海洋汚染の短い2カットが挿入されていた。
1950年代から作られ始めた様々な種類のプラスチックは、その利便性からたちまち私たちの生活の中に溢れ、今やプラスチック製品の無い生活は考えられない。軽くて丈夫でどんな形にも成形できる化学合成素材であるが、ひとたびゴミとなった時これ程の厄介者は無い。焼却や埋め立て、リサイクルされなかったプラスチックは、風で運ばれたり川に流されたりで結局海に行き着く。大きなプラゴミは景観を損ねるだけでなく、紫外線によって徐々に細かく砕かれマイクロプラスチックとなっていき、長年月を経ても完全には分解されない。
『クジラのおなかからプラスチック』は小学生向けに書かれていて、表紙や挿絵も可愛く平易な内容でわかりやすい。サイエンスライターの著者は、将来の地球を真剣に心配して、行動を起こしてくれる読者として小学生を選んだ。巻頭のプラスチック製の魚網に絡まったウミガメやポリ袋が纏わりついたシュバシコウの写真は人類の罪深さを我々に突きつける。
波間に漂うポリ袋は、クラゲにそっくりだ。ウミガメやペンギンは餌としてクラゲを食べているので、間違えて飲み込んでしまう。弱って死んだクジラの胃から80枚ものプラスチック袋が出てきて、死亡原因はポリ袋によって生じた吸収障害だろうと推定された。小さくちぎれて5ミリメートル以下となったものをマイクロプラスチックと呼び、化粧品や洗顔料に含まれる1ミリメートル以下のマイクロビーズというプラスチックもある。日本周囲の海は世界海洋の27倍のプラスチック濃度だそうだ。自国からの汚染もあるが、隣国からの流入も相当量にのぼると考えられる。東京湾で採れたカタクチイワシの8割の体内からマイクロプラスチックが見つかっており、結局ヒトに摂取されることになる。プラスチックには有害物質が添加されていたかもしれないし、海でさまざまな有害物質を吸着している可能性もある。ヒトに対する実害は未解明であるが、内分泌撹乱物質となる可能性が指摘されている。
現状のままプラスチックを作り続けていけば、2050年には海の魚重量をプラスチックゴミ重量が超えると推定されている。世界主要国は2018年6月に「海洋プラスチック憲章」をまとめ、各国の努力目標を定めたが、日本と米国はこれに署名しなかった。遅ればせながら日本も2019年4月からの使い捨てプラ削減基本方針をようやく閣議決定した。使い捨てプラ生産を減らし、生分解性プラへ転換し、リサイクル率を上げる努力をしていかなければならない。
海洋に拡大してしまったプラスチックの回収は困難なので、今後の流出をとにかく減らしていかなくてはならない。2016年3月、サイエンス誌にPET(ポリエチレンテレフタレート)を分解する細菌が大阪府堺市のPETリサイクル工場のサンプルから見つかり、イデオネラ・サカイエンシスと名付けたとの記事が掲載された。さらに2018年4月にはこの細菌を研究して米英チームが新種のプラスチック分解酵素を発見している。今後のプラスチック分解研究発展からも目が離せない。
美しい海を次世代に引き継いでいくために、それぞれの最初の一歩を踏み出す時期に来ている。
『クジラのおなかからプラスチック』
著者 | 保坂 直紀 |
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発行所 | 株式会社旬報社 |
出版日 | 2018年12月10日 |
定価 | 1,400円 |
(平成31年3月号)