佐藤 勇
メディアリテラシーという言葉が使われるようになってから久しい。情報媒体を使いこなす基礎的な素養が、特に教育の分野では、情報機器の「使い方」に置き換えられてはいないかと危惧することがある。「子どもたちをスマホから遠ざけよう」「メディアは子どもの発達を阻害する」というキャンペーンを、私を含めた小児科医の多くは唱えている。私たちは、子どもたちをメディアから遠ざけることで、その変化を体感的に感じ取っているが、一方で、その理論的根拠に確信が持てず、不安も抱えている。この不安に答えるように、ニコラス・G・カー著『ネットバカ インターネットが私たちの脳にしていること』、新井紀子著『ほんとうにいいの?デジタル教科書』など科学的な視点で解説している書籍も多く出回るようになった。
今回提示した本書は、電子メディアの側にいた理系の人間が、その科学的な目で紙文化を解析した本である。筆者らは、電子メディアの可能性を信じて富士ゼロックスに入社し、アメリカの親会社であるゼロックスが、現在のICT技術の根幹を支える様々な先進技術を生み出していることに希望を持っていた。言葉と人間をつなげるインターフェースとしての紙の機能を解き明かすことで、電子メディアの代替性、優位性を検証した。その結果、本書で展開されている実証的な電子メディアとの比較実験は、ページめくり、配置、指の使い方など、当たり前の読書中の行為が、紙の読みやすさを強力に支援していることを実証した。
学会などで移動の時間に、電子メディアに詰め込んだ書籍を読んでいる方は多いと思われる。かさばる書物を薄っぺらなタブレットにいれて気軽に持ち運べる利便性は最大の魅力だ。しかし、読み終えた後、なにか頭の中に残っていないと感じることが多くないだろうか。この疑問に対する明確な答えが本書の中にある。その内容は、様々な実験結果を図表であらわし、専門書に近い形であるが、認知科学や人間工学の専門知識のないものでも読み進められる表記になっている。
前述したように、電子メディアの可能性に期待して研究をしてきた著者たちである。けっして電子メディアを否定し、紙に戻ろうと唱えているわけではない。本書の最終章である第9章では、考察と提言として、紙とデジタルの使い分け、紙とデジタルの連携、読み書きのデジタル環境への期待、を述べている。そして最後に、子どもたちにはまず紙での読み書きを教えようと唱えている。
新潟市の提唱する新しい教育ビジョンでは小学校からの英語教育とICT教育に重点が置かれている。英語教育は低年齢ほど有効だということのようだ。日本語を覚える前に、日本人から英語教育を受けることは、紙で読み書きを覚える前に、キーボードと画面で読み書きを教えられるようなものかもしれない。
『ペーパーレス時代の紙の価値を知る 読み書きメディアの認知科学』
著者 | 柴田博仁、大村賢悟 |
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出版 | 産業能率大学出版部 |
発行日 | 2018年11月30日 初版 |
定 価 | 本体2,800円(税別) |
(令和2年4月号)