髙橋 美徳
今回も、昆虫ものである。しかも昆虫食についてなので、私の書棚はキワモノばかりかと思われるかも知れない。虫嫌いの方も、その気持ちを抑えて読んでみていただきたい。本書の主題は将来人類が地球上で生き残っていくため、どのように振る舞うべきなのかということにある。
西暦2030年に人類は90億人に増加すると推定されている。タンパク源を従来の畜肉から摂取していく場合、温暖化と共に環境問題を悪化させてしまう懸念があると国際連合食糧農業機関が2013年に報告し、昆虫食について言及している。なぜ昆虫食なのか?ある種の肉が農業システムの中で他のものより優れていると主張するときは、飼料要求率という尺度を用いる。食べられる肉を1キロ作るのに何キロの乾燥飼料が要るかで比較すると、コオロギ、ニワトリ、ブタ、ウシの順で1.3kg、2.3kg、5.9kg、12.7kgとなる。利用する資源で見ると、水の必要量では4L、2,300L、3,500L、22,000L、温室効果ガス排出量では0.1kg、0.3kg、1.1kg、2.8kgである。生産に必要な土地もコオロギではわずかで済むが、牛の放牧や飼料作物の土地も入れて計算すると大きな差がでる。環境への負荷について、コオロギ食が最も有利であることは明白である。栄養価に関して様々な報告があるが、昆虫は総じて高タンパク、低脂肪で不飽和脂肪酸が多く、基本個体丸ごとの摂取となるため微量元素も補給できる。今後、豚や鶏を密集飼育していけば、人畜共通感染症の頻度と強毒化を加速させてしまう懸念もついて廻る。
昆虫を食べましょうといっても抵抗のある人がほとんどだろうと思う。さて、昆虫嫌いの理由は何だろう。私の場合、個体の機能美が感じられたり、わけのわからない形態の珍妙さに驚かされる種がいて図鑑を眺めるのも好きなのだが、6本足と硬い外殻を見ただけで気持ち悪いと思う方もいるようだ。病気を媒介したり、吸血して痒みや痛みを生じさせる種もいる為、虫は概ね害虫と捉える方もいるだろう。今年のサバクトビバッタの大発生のように作物を食い荒らして、ヒトの生きる糧を奪ってしまうこともある。
著者はカナダ・グエルフ大学の名誉教授、獣医師、疫学者、作家、詩人と多彩な顔を持っている。自然環境に対する深い造詣を持ち、所々に文学的な例え話を交えながら、これまで地球でどのように昆虫が繁栄してきたかや、人類や農業と昆虫との関わりを説く。熱烈な昆虫食信奉者ではない立場で、昆虫食の可能性について世界を旅し体験を重ねる。現在20億人が何らかの形で昆虫食を取り入れているそうで、長野のビー・ハンティングも見学し、その食文化について地元民の言葉を引用し考察している。
すでにカナダやスウェーデンで昆虫養殖を利用して企業活動が行われていることを披露し、「昆虫は美味しくて大好き!」という子供たちがいることも紹介している。40年前には魚の生食などありえないと感じていた外国人が、今では寿司を楽しむようになっているのだから、昆虫食も将来有望だろうか?昆虫を食べるにあたり、昆虫は苦痛を感じるのか、どんな殺し方が人道的なのか、商業的に成功して天然物が人気を集めたら深刻な環境破壊を起こさないか、昆虫食の倫理や哲学にまで踏み込んでいき、多様な論点から未来の昆虫食を考えるヒントを探る。
昆虫をその形態のままで食べなくても、養殖生産されたアブを養殖魚の餌の原料として利用し、アブにはヒトの食品廃棄物を与えて育てる循環型の昆虫利用も紹介されている。
無印良品でコオロギせんべいが売り出されたが、売れ行き好評なのかネットでは在庫なしが続いている。養殖コオロギの粉末が練り込まれていて、エビのような風味が楽しめて美味しいそうだ。近くぜひ食べてみたいと思っている。
『昆虫食と文明─昆虫の新たな役割を考える─』
著者 | ディビッド・ウォルトナー=テーブズ 片岡 夏実(訳) |
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出版社 | 築地書館 |
発行日 | 2019年7月 |
定価 | 2,700円+税 |
(令和2年10月号)