須田 生英子
もしかするとこの本の題名を見て「ん?!」と思われた先生方もいらっしゃるでしょうか。実は、同名の番組をテレビ東京が不定期で作成しています。新潟でこの地上波を視聴することができるかどうかはわかりませんが、私はTVerで(おそらく全ての放送を)観ました。世界中の様々な人たちの食(ヤバい飯)をリポートするという番組なのですが、その様々の程度が物凄く、現地取材をする方が今回も無事で帰国され本当に良かった…と思うようなそんな番組です。今回初めて知りましたが、それらの相当数(もしくは全て)を担当し現地取材をしていたのが、この本の著者である上出遼平さんです。
本には放送されたすべての取材が記録されているわけではありません。アメリカのギャング飯やヨーロッパの不法移民飯など、TV番組のみで紹介されたものもありますが、私の記憶に強く残っているヤバい飯は全てこの本に掲載されていました。おそらく多くの国で取材をされているのでしょうが、本の中に掲載数が多いのは断然アフリカ諸国です。やはりヤバさは経済水準と反比例するようです。
舞台はまずアフリカ大陸リベリアから始まります。「リベリア」という国にたどり着くだけでも様々な問題をクリアしなければならず、それを乗り越えてたどり着いた市場では、エボラ出血熱を爆発的に流行させた元凶とも考えられている野生動物の肉が、今でも堂々と売られていることが書かれています。著者は市場の土埃やハエや立ち昇るにおいまでも伝えてくれるかのような筆致でその風景を表現しています。またこの市場だけでなく、著者がこの後訪れる様々な場所や食べた料理(料理と表現するには不適切なものかもしれない、と思うものもありますが)の描写は、ただの言葉の羅列ではなく、まとわりつくような熱さや乾いた風、食べ物のにおい、食感までもリアルに私に伝えてくれます。
このリベリアの市場で「エボラ出血熱から生還した少女がいる」という情報を得た著者は、その子に会うためスラムに向かいます。エボラ出血熱の致死率は非常に高いので、その生還者は少なく、ある意味幸運な人ということになります。著者はその生還者であるジェシカに会い、食事を見せてもらい、「エボラに罹って生還してから、何か変わりました?」と尋ねます。しかし、彼女は「何も変わらない」「私はずっと不幸。生まれた時からずっと不幸で今も不幸」と答えます。これが現実です。著者の食レポやインタビューから、私たちの幸福論はこの満ち足りた日本で生活しているからこそ論じることができる、そんな類のものかもしれない、とあらためて感じさせられました。
その後も著者は様々な場所で様々なヤバい飯を食べ、旅の最終章では再びアフリカ大陸のケニアに戻ってきます。ここでは、なんとゴミ集積場に暮らす「スカベンジャー」と呼ばれる人々のヤバい飯の取材を行います。ゴミ集積場は、言葉の描写だけでもその凄まじさが伝わってきて、本を読んでいる自分の服にもにおいが染みついてしまわんばかりの気持ちにさせます。著者はそこで、このゴミ山の中に暮らすジョゼフという18歳の青年に出会います。彼がこのゴミ集積場の中で作るヤバい飯は赤飯です。著者は、差し出された赤飯を躊躇することなく口に入れ、舌鼓を打ちます。ジョゼフの描写にある呼吸器症状の悪さから考えると、彼が長く生きることは難しそうです。しかし、ジョゼフは著者との別れ際「あなたに会えたから幸せだよ」と話します。この章では、ジョゼフと著者の生き様の凄さに圧倒され、のほほんと日本で生活している私が、短く拙い文章でまとめることなんてとてもできない、という気持ちにさせられます。
このようにヤバい飯の登場人物は、私が日常生活で想像できる範囲をはるかに超えています。是非一読してみてください。また、私がこの著者の本をお勧めする理由が二つあります。
一つ目は、著者の語彙力の豊かさです。あの(おそらく普通の日本人なら尻込みしてしまうと思われる)食事に対して、良い意味でこんなに想像力をかき立てるような表現ができるのか、と驚かされます。同じ現実であっても豊かな語彙力があればもっとポジティブに受け取ることができる、生きることができる、そんなことを著者は教えてくれます。
二つ目は、著者の態度がどんな場面でも対峙する人と対等である、ということです。この本に出てくる多くの人たちは生活弱者であり、異端者です。しかし、著者はその人たちを上から目線で表現することは決してありません。
この二つの点は、本を読み終えた私の心を温かい「何か」で満たしてくれます。本を読まれた方には、私がここでは上手く伝えきれない「何か」を感じていただけるのではないかと思います。お時間が許すのであれば、お勧めの一冊です。
『ハイパーハードボイルドグルメリポート』
著者 | 上出遼平 |
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出版 | 朝日新聞出版 |
発行日 | 2020年3月25日 |
定価 | 1,800円+税 |
(令和3年2月号)