中村 和利
新型コロナ感染症で遠出ができない中、ストレスが溜まっている方も少なくないと思います。そんな時は読書で時空を超えた旅をするのは楽しく、地図や写真を効果的に使っている本書はお奨めです。
玄奘三蔵は小説『西遊記』の主人公の三蔵法師として有名ですが、実在の人物で、7世紀の西域・中央アジアの世界の記録を『大唐西域記』という大著に残しました。玄奘は西暦600年頃の隋の洛州に生まれました。仏法を求めて国内を訪ね歩きますが満足出来ず、はるか彼方の天竺を目指し、国禁を破って西域に旅立ちました。国境を超え、「空には飛ぶ鳥もなく、地上に走る獣もいない」砂漠を超え、天山山脈を超えて、苦難の末にソグディアナ(現在のウズベキスタン、キルギスタン、タジキスタン)に至りました。トルコ系突厥の可汗には、羊牛の煮物、ナン、飯、ヨーグルト、石蜜(砂糖)、蜂蜜、葡萄などでもてなされたことが記されています。さらに古代遺跡を横目にバクトリア(現在のアフガニスタン北部)に至ります。これらの地域には紀元前のアレクサンダー大王東征以後ギリシャ人が植民し、一部は仏教に帰依していたという事実も新鮮です。7世紀の中央アジアは様々な民族や宗教が混ざり合う豊かな土地でした。
ハイライトはバーミヤンの仏教遺跡でしょう。2001年にタリバンに破壊された2体の巨像が大仏であったという事実は、玄奘の記録なしには誰もわからなかったのです。著者でアジア文化史研究者の前田耕作氏は学術調査団の一員としてアフガニスタンを訪れただけあって、バーミヤン散策では考古学的事実に史実や伝承を織りまぜて述べており感動的です。本書の旅はガンダーラ手前のハッダ遺跡で終わっていますが、玄奘の旅は続きます。いつの日かガンダーラ~インド編が出版され、旅の続きができることを心待ちにしています。
玄奘は17年のインド遊学の後46歳で長安に戻るのですが、その後の17年を仏典の翻訳に捧げました。訳された仏典は1338巻で、こちらも踏破した距離と共に桁外れです。
『玄奘三蔵、シルクロードを行く』
作者 | 前田 耕作 |
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出版社 | 岩波新書 |
出版日 | 2010年4月20日 |
定価 | 760円+税 |
(令和3年7月号)