横田 さおり
数々の傑作を世に送り出している、『どんでん返しの帝王』の異名を持つ中山七里さんの社会派ミステリー小説です。
物語の舞台は、東日本大震災から時間が経ち、復興が進む宮城県仙台市。誰からも恨まれることが想像できない善良な役所の職員が、全身を縛られ放置され餓死という方法で殺された殺人事件から始まります。そして第2の被害者と思われる事件が起こり、2人の経歴をたどると、過去に福祉保健事務所で生活保護に関わる仕事をしていたという共通点が見つかります。事件を捜査するのは、護ると約束した家族を震災で失い、護れなかった自分を責め続けながら仕事に没頭する宮城県警捜査一課の笘篠誠一郎。被害者のいた福祉保健事務所での仕事内容を調べていくうちに、生活保護の申請をする側とそれを受ける福祉職員側の現状を知ることとなり、様々な問題点が浮かび上がってきます。仙台市では震災後生活保護率は上がり続け、不正受給が問題となり、一方では本当に救済を受けなければならない人に行き届かない現実もありました。そんな状況下で起きた事件の残忍な殺害方法から、怨恨の線で浮かび上がってきたのは、別の事件の刑期を終え出所してきたばかりの利根勝久という男。彼もまた、護られるべきだった大切な人を亡くした過去を持っていました。2つの事件から、共通点のある3人目の人物が浮かび上がり、次の被害者になるのではと躍起になる捜査一課。ラストは、そうだったのか!と思うどんでん返しで、また最初から読み返してみたくなる1冊です。
作者の中山七里さんは1961年岐阜県生まれ、小さい頃から本が好きで、中学生の頃にはすでに『小説現代』と『オール讀物』を定期購読していたそうです。高校の文芸部時代には、約50本の小説を書き、大学時代に色々な賞に応募し、1次2次までは行くのになかなか大賞が取れず、才能がないと大学3年で書くのをやめてしまいます。サラリーマンなら給料が決まっていて、休みには本も読めるし映画も観にいけると考え就職。25年執筆せず、転機となったのは48歳の時です。好きな作家のサイン会で、ふと、今を逃したらもう書く機会は無くなるだろうと思いたち、再び小説を書き始めたそうです。後に映画化もされた『さよならドビュッシー』で『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し2010年に作家デビュー。デビューから10年、たくさんの作品を出していますが、自分からこれを書きたいと思ったことはなく、いつも基本はオファー通りで、「警察もので、」とか、「人間ドラマで、」とか、「どんでん返しをつけて」とかリクエストされたものを、テーマにあったトリックやキャラクターを導き出しながら書いているそうです。中山さんの作品は過去に読んだこともありましたが、この作品を読み、色々なインタビュー記事などを読んでいるうちに、作品を作るプロセスや取り組み方など、とても面白い方だと知って、他の作品も読んでみたい気持ちにさせられました。
本書は、2021年10月に佐藤健さん、阿部寛さん主演で映画が公開されます。現在朝ドラで活躍中の清原果耶さんも重要な役で出演しています。監督は、移転前の旧新潟市民病院でロケが行われた『感染列島』や、横山秀夫原作の『64-ロクヨン』の瀬々敬久監督。撮影は2020年3月に始まる予定がコロナ禍となり、延期の末6月にクランクイン。コロナ禍でのガイドラインを元に、宮城県のフィルムコミッションの協力でロケを行い出来上がった映画です。公開前のため、映画が原作通りなのかわかりませんが、文庫本の後書きに監督と原作者の対談がありました。お二人の対談から、原作をそのまま映画にしたのではなく、どんでん返しを主軸に置かず、設定も少し変えているとのこと。中山さんは「そのまま映画化したら4時間は超えるという作品を、絶妙な切り取り方で、こういうふうに咀嚼していただき、ありがとうございました」とおっしゃっていたので、映画もまた楽しみな作品となりました。
映画の情報無くして先に読むのもよし、映画の情報を入れつつ想像しながら読むのもよし、映画を観てから読んでみるのもいいかと思います。映画の完成披露試写会で、主演の佐藤健さんが「僕が、完成した映画を見て一番胸に残ったのは、誰かが誰かに生きていてほしい、と思う気持ちでした。大切な人がいるということ、そんな日常の幸せに感謝しながら、皆でより良い国、より良い生活を目指して、その為にどうするべきか共に考えながら、そんなことを思うきっかけとなる映画になっているんじゃないかなと思っております」と締めくくっていました。コロナ禍の今、色々なことを考えさせられる作品にもなっているのではないでしょうか。
小説も映画もぜひ!
『護られなかった者たちへ』
著者 | 中山 七里 |
---|---|
出版社 | 宝島社 |
発行日 | 2021年7月21日 |
定価 | 858円(税込) |