笹川 基
前新潟市医師会副会長 永井明彦先生が人生を振り返り綴られた『余人暇人の徒然雑記帳』を上梓されました。
皆様ご存知の通り、先生は永年にわたり新潟市医師会発展のためご尽力されてこられました。医師会活動の中で、本誌の「巻頭言」「理事のひとこと」「陽春薫風」「月灯虫音」「私の憩いのひととき」、臨床内科医会誌の「コラム」、新潟県医師会報の「緑陰随筆」「炉辺閑話」、さらには朝日新聞の「声」や新潟日報の「窓」などに、多数寄稿されています。『余人暇人の徒然雑記帳』では、これまでに掲載された随想が「日本語と日本人」「医学・医療・看護・介護」「音楽・合唱・絵画・映画・文学・俳諧」「マラソン・サッカー・オリンピック」「政治・憲法・原発・提言・その他」の5章に纏められています。
325頁に及ぶ大作すべてを紹介することはできませんが、印象に残ったいくつかのトピックスを紹介させていただきます。
「医学・医療・看護・介護」の章では、さまざまな医療問題が取り上げられています。スペイン風邪、SARS、MERSなど、人類は多くのウイルス感染症を凌いできましたが、「新型インフルエンザは怖いか?」では新型インフルエンザウイルスに対する免疫反応やワクチンについて解説されており、COVID-19を理解する上でも大変参考になります。「医療の現場を知らない医系官僚」では、医療保険制度や厚生労働省の医師免許をもったキャリア官僚について、持論が述べられています。米国疾病予防管理センター(CDC)では、医系技官に週1回の病院外来での診療義務がありますが、わが国の医系技官には厚生労働省入省後、医療現場に立つ機会がありません。厚生行政のシステム改善が必要であると提言されています。令和2年3月に本誌に掲載された「新型コロナウイルスは怖いか-正しく恐れるために-」では、COVID-19に関する基礎医学的、臨床医学的知見が詳細に記されています。掲載されたのは日本でも感染拡大が始まった頃、新潟市で初めて感染症例が報告されたばかりの時期です。世界で報告された多くの知見が分かりやすく解説されています。RNAウイルスは変異を起こしやすく、一旦流行が収まっても第2波、第3波が襲来するのではないか、実に適確な予測をされています。「GoTo利用者こそ陰性証明を」では、PCR検査陰性をGoToトラベル利用の条件にしてはと提起されています。旅行が感染拡大の一因と考えられること、旅行関連業者もコロナ禍で困窮していることなどを考慮すると合理的な提案です。本稿は令和2年12月に朝日新聞「声」に投稿されましたが、掲載されませんでした。素晴らしい内容の寄稿文が不採用となった裏には、政治的背景でもあるのでしょうか?
永井先生は音楽など、多くの趣味をお持ちです。「音楽、合唱、絵画、映画、文学、俳諧」の章では、これらに纏わる話題がいくつか取り上げられています。音楽愛好家でおられる先生の音楽活動は、小学生として参加したNHK合唱コンクールから始まりました。2年連続新潟県予選で優勝し、関東甲信越大会に出場されました。華やかな音楽界デビューです。大作曲家マーラーの信奉者で、「さすらう若人の歌」ではマーラー愛が熱く語られています。「三大レクイエム」では、モーツァルト、フォーレ、ヴェルディによる三大レクイエムに関する話が展開されます。平成27年6月からの1年間に、これら大曲3曲をすべて歌われています。一流プロ歌手でも達成し難い、正に偉業です。三大レクイエムそれぞれに独特の魅力があり、自分の葬儀でどのレクイエムを流したいか、合唱仲間の雑談でよく話題に上ります。永井先生のご希望は…、残念ながら明言されていません。西洋美術、映画などにも深く興味をもたれており、「天才たちの”光と闇”」ではイタリアの画家カラヴァッジョによるルネッサンス絵画について、解かりやすく解説されています。名画はこうやって鑑賞するのですね…。俳諧の世界にもご造詣が深く、「蕪村と芭蕉、そして若冲」では、ブソニスト(蕪村愛好家)の視点で俳句の世界が展開されています。
永井先生はスポーツマンでもおられます。「マラソン・サッカー・オリンピック」の章ではスポーツに纏わる話が綴られています。「市民マラソンは長野を手本に」などでは、長野五輪記念マラソン、そして高倍率の抽選で当選した第1回東京マラソンを完走された思い出が語られています。「美しい勝利」では、W杯を中心にサッカー話が進みます。UFWC(非公式世界王者)は、英国のサッカー愛好者団体が認定する仮想タイトルで、世界ランキング1位の国を破ると、替わって世界一になります。W杯優勝のスペインをアルゼンチンが破り、そのアルゼンチンを平成22年10月に日本が破ったため、しばらくの間、サムライ・ブルーが世界一となりました。この時期、撫子ジャパンもW杯優勝後で世界一、男女ともに世界一の時期があったのです。こんな話、初めて知りました。
「政治・憲法・原発・提言・その他」では、欧州、中東、米国、そしてわが国の歴史、政治などに関する鳥瞰図が広がっています。さまざまな視点で世界情勢が述べられており、論説委員が執筆した新聞コラムを読んでいるような錯覚に陥ります。先生は小学3年生まで会津若松で育ちました。「明治150年というけれど」では、会津出身者からみた日本史論が展開されています。明治維新以降の最大の悲劇・太平洋戦争は薩長出身の軍人によって惹き起こされ、関宿藩、仙台藩、長岡藩など佐幕派出身者により終戦処理が成し遂げられたこと、教育、医療(医師不足は東日本に多い)などは西高東低であることなどが記述されています。岸信介・佐藤栄作・安倍晋三など長州型縁故政治が今なお続く現代日本、明治新政府樹立以降の首相在任期間の3割以上を山口県出身者が占めていることなど考えますと、納得のいく気がいたします。
赤い薔薇、青い薔薇、黄色い薔薇、白い薔薇、さまざまな薔薇を集めた香り立つ薔薇園のような書籍です。余人をもって代えがたいご多忙の永井明彦先生が著された蘊蓄溢れる書籍です。
『余人暇人の徒然雑記帳』
著者 | 永井明彦 |
---|---|
印刷所 | 株式会社ウィザップ |
ISBNコード | 978-4-903944-28-9 |
定価 | 1,200円+税 |
(令和3年10月号)