中村 裕介
著者はスウェーデンで今最も注目されているメンタルヘルスのインフルエンサーで、現役の精神科医である。本作は急激な発展を続けるデジタル社会が人間の脳に与える影響と対策について、数々の研究結果を提示しながら解説している。電子マネー、フェイスブックやインスタグラムなどのSNS、メール、スケジュール管理、音楽・映画鑑賞、YouTube、ネットバンク、株取引など、いまやスマホで出来る事は多岐に渡り、その進歩の速さには目を見張るものがある。私たちの日常に欠かせない存在になったスマホやタブレットが人間にどのような影響を与えるか?便利ではあるけれど、このまま長期的に使っていて悪影響はないだろうか?これは誰もが感じている不安だと思う。本作は「オリコン年間BOOKランキング2021年」で1位に輝いた。まさにこの不安を反映した結果だと思う。
本文で語られるスマホによる悪影響の数々はうんざりするほど多い。スマホはドラッグ並みの依存、集中力低下、周囲への無関心、知能低下、記憶力低下、睡眠障害、不安などを引き起こす。中でも驚いたのはスマホは隣にあるだけで知能が低下するという事実だ。スマホを触ることを我慢しようと思うだけで脳のパフォーマンスは低下してしまうらしい。いつもポケットにスマホを忍ばせてる私は常時知能低下状態だろう。あと子育て世代には切実な問題。幼児にはタブレット学習は向かないらしい。本来、子供は本物のパズルに触れて指の運動能力を鍛え形や材質の感覚を身につける。またペンを使って文字を書く練習をすることで文字を覚えていく。タブレット学習はその過程が奪われてしまう危険がある。そのため米国小児科学会は1歳半未満の子供はタブレット端末やスマホ使用を制限すべきだと推奨しているとのことだ。アップル社創業者のスティーブ・ジョブズは自分の子供達がデジタル機器を使う時間を厳しく制限していたというエピソードは非常に重い。
我々の脳は数百万年かけて進化してきたが、サバンナで狩猟採集民として食うか食われるかという生活をしていた時代の脳と大部分は変わらない。そのため、この10~20年で急激に進歩したデジタルの世界に我々の脳がそもそも適応できるわけがなく、様々な影響が生じるのだという著者独自の「人間の進化の見地」から語られる解釈が非常に新鮮だ。特にデジタル社会における我々の対抗策が「運動」という非常にシンプルな回答であるのは面白い。多数の調査で運動により集中力が高まり、ストレスへの耐性がつき、記憶も強化されることが判明しており、その効果は確からしい。
デジタルの世界は人間が経験したことのない未知の世界であり、今まで人間が進化し、適応してきたものとはかけ離れた世界である。そしてデジタルの進歩は今も留まることを知らない。現代を生きる我々はスマホを使わず生きていくことはますます困難になるだろう。しかし漫然と対策をせずに使っていると、いずれ著者の言うように心も頭も貧しい人間になってしまうだろう。デジタル社会において、より健康に、健全に生きるということを考えさせられる良い機会となった。
最後に、読書時間がとれない多忙な方々のために著者が記したデジタル時代のアドバイスを一部抜粋する。
『スマホ脳』
著者 | アンデシュ・ハンセン |
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出版 | 新潮新書 |
定価 | 本体980円(税別) |
(令和4年3月号)