伊藤 一寿
和田竜さんの『村上海賊の娘』を読みました。
物語は天正4年(1576年)、織田信長が西に勢力を伸ばそうとしていた頃の話で、信長と大阪本願寺との7年越しの戦いが背景にあります。
村上海賊は現在の広島県尾道市および三原市と、愛媛県今治市を結ぶ瀬戸内海上の島々、芸予諸島を中心に蟠踞した海賊たちで、先祖は平安の村上天皇までさかのぼることができ(諸説あり)、戦国時代にその最盛期を迎えました。芸予諸島は大小50以上の島々で構成され、その海峡は複雑な航路を成し狭い水路は急流を生み出す難所であったため、村上海賊はこれらに私的な関所を設け往来する船から通行料を徴収してその軍備を維持しておりました。主人公・景は、村上水軍の当主・村上武吉の娘で、軍船に乗り瀬戸内の海で狼藉を働く者を成敗するなど、男勝りの活躍をしていたのでした。
一方、大阪本願寺では信長に包囲された一向宗の門徒たちは糧道を絶たれ餓死寸前でありました。本願寺は毛利家へ10万石の兵糧を要請し、村上水軍は毛利方に加勢することを決めたのでした。海路で本願寺へ兵糧を運び入れる際、大阪湾に展開する織田方の泉州侍たちと合戦が始まり、景も戦いに身を投じていきます。
物語の中でしばしば「俳味」という言葉が出てきます。調べてみると「異質なものを愉快がる、世俗のわずらわしさを気にしないでのびのびしていること。また、そのさま」と載っていました。村上水軍と敵対した泉州(大阪府の堺市から南の地域)の男達は程度の差こそあれこの俳味を必ず有しており、ともすると武功を立てるより俳味を発揮することが大事と思っている節さえあったそうです。真鍋七五三兵衛と沼間義清はともに泉州侍で、泉州のリーダーを争っているライバル関係の二人でした。躯幹長大、筋骨隆々、剛腹で陽気な海賊、総大将を面と向かって田舎者呼ばわりするなど俳味たっぷりな七五三兵衛と、荘重な態度で配下に当たり俳味を解しそうにない、泉州では「面白ない奴」と揶揄される義清。初見では敵意むき出しで睨みあうバチバチの二人でしたが、戦いが進むにつれ二人の心情が変化していきます。「言っていることとやっていることが逆でしょ」と突っ込みたくなる、何とも言えない二人の関わりがツボでした。泉州侍の粋を集めたような七五三兵衛はもちろん魅力的なのですが、一方の義清もなかなか天晴れな男でした。私はこちらのほうが好きかもしれません。
ラストの村上海軍と泉州侍らとの海戦は戦闘の場面が凄まじく、途中で浅くなった呼吸を整える必要がありましたが、それでも一気にエピローグまで読み上げました。
2014年本屋大賞、吉川英治文学新人賞ダブル受賞の木津川合戦の史実に基づく壮大な歴史巨編です。是非ご一読ください!
『村上海賊の娘』
著者 | 和田 竜 |
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出版社 | 新潮文庫 |
定価 | セット買い2,816円 |
(令和4年7月号)