須田 生英子
この本の題名、「物理学者」だけでは物足りず「すごい思考法」です。そして著者の橋本さんは、京都大学大学院理学研究所教授でいらっしゃいます。ここまでで凡人を自覚する私はビビリモードです。
でも、勇気を出して恐る恐る開いた本の『はじめに』に書かれている「(本書の)使用上の注意」にやられてしまいました。「一日一回、適量を読んでください。本書の使用開始目安年齢は生後144ヶ月以上です。また、本書は内服しないでください」等々関西人のボケがいきなり炸裂していて、あっという間に著者の世界に引き込まれてしまいます。
形式はエッセイですので、本当にその日の気分で適量読めます。内容は、理系あるあるが満載。でも、著者の時間をかけた計算や思考の後に導き出された結果は、多くの場合ご家族が作りだす強固な現実の前で脆くも崩れ去ります。面白かった項はたくさんあるのですが、特に気に入ったものを1つだけネタバレさせていただきます。
題名は『ギョーザの定理』です。ギョーザを作るときといえば、我が家でもタネと皮のバランスの問題では、いつも頭を悩ませます(ちなみに私は、タネをまず“皮5枚分単位”に均等に分け、その後、5枚の皮とタネの分量で折り合いがつくように包んでいく、という手法を用いています)。本書の中では、自宅でのギョーザ作りの最中にタネが余ってしまいそうだ、と気づいた著者が、ギョーザの形状変更によるタネ余り解消を試みます。その名も「UFOギョーザ」です。著者のお子さん達は大喜びでUFOギョーザを作り始めます。もちろんここで「UFOギョーザでどのくらいタネを多く包めるのか。その際何個のUFOギョーザを作成すればよいのか」という、名付けて「手作りギョーザの定理」を計算するのが著者の物理学者たるところ。計算を終え、この美しい定理を携えご家族のもとに戻ると目の前には大量のUFOギョーザ…これでは逆に皮が余ってしまったはずです。奥様に余った皮について尋ねる著者。すると事もなげに「ワンタンスープに使った」と答える奥様。現実の勝ち、です。
他の項も著者の謙虚なお人柄と関西人のユーモアに満ち溢れ、クスクスと笑ってしまいます。物理や数学は、私たちの現実に対して直接恩恵を感じさせてくれることは多くないのかもしれません。けれども、日常生活の小さなところに物理法則や数式を感じた時、その日常が少し豊かになっていく、そんな希望を感じさせてくれる1冊です。
『物理学者のすごい思考法』
著者 | 橋本 幸士 |
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出版 | 集英社インターナショナル |
定価 | 本体840円+税 |
(令和4年9月号)