木村 洋
この本の著者との出会いは六年前、駅前の居酒屋で妻と食事をしていた時です。五木ひろしと木の実ナナの歌詞のように、旅の人とたまたま飾り気のない居酒屋で隣どうしに座っただけでした(阿久悠作詞「居酒屋」)。何故か話が弾み、彼は三井銀行に勤めていた元銀行マンで、ヨーロッパ勤務が長かったこと、退職後、伊勢神宮前にある、あの有名な「赤福」の相談役(当時)であること、翻訳家でもあり、そして詩人であること、特にスペイン・ガリシア文化や文学に造詣が深いことなど熱く語っていました。その時はその場で別れ、後日「赤福」が送られてきたことは記憶にありました(私の妻が好きだと語ったからかもしれません)。それきり特に手紙のやり取りもなく、こちらとしてはその存在すら忘れていたところに、突然「日本詩人クラブ新潟大会」があり、新潟に行くので一献傾けたいとの連絡が入りました。暇にしていましたし、無下に断るわけにもいかず、こちらで場を設けて再会を祝しました。再会の場で渡されたのが本書です。
遠藤周作はパリ留学の経験があり、留学時結婚を約束したフランス人がいたこと、彼は結核を患い、留学半ばで失意の帰国をし、結局彼女とは結ばれなかったことは知られていたようです。遠藤は帰国後日本人と結婚しますが、彼女は遠藤との約束を忘れられず、フランス語教師として日本に来て、都合4年間勤め、今度は彼女が不治の病を患い失意のうちに帰国し、時を置かずして亡くなっています。著者は生前の遠藤周作と親交があり、表題のフランソワーズ・パストルの北海道大学時代のフランス語の教え子でもあったという縁からか、本書を執筆したようです。フランスを何度も訪れ、彼女のフランスにいる家族に克明に取材し、遠藤周作の彼女宛の手紙を一つ一つ、つなぎ合わせるようにしてフランソワーズの生涯を懸けた純愛と別離(遠藤の裏切りともいえる行為)の物語をつづっています。
遠藤周作の代表作の一つに『沈黙』があります。これは神の沈黙という意味もありますが、フランス時代の彼のフランソワーズへの愛に対する沈黙という暗示も感じました。
森鴎外に『舞姫』があり、その恋と別離と比較して論評している書評もあります。しかし、小説と評伝という違いもありますが、私としての感想は別の物語と感じました。また、著者の年上のうら若きフランス人教師への憧れをも感じる一作です。
『フランソワーズ・パストル』
─遠藤周作 パリの婚約者─
ISBNコード | 978-4-8460-2185-6 |
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著者 | 桑原真夫 |
発行所 | 論創社 |
発行日 | 2022年8月10日 |
定価 | 2,400円+税 |
(令和5年6月号)