勝井 豊
本書の上巻では「なぜホモ・サピエンスだけが繁栄したのか?」、下巻では「文明は人類を幸福にしたのか?」をテーマにしている。著者はヘブライ大学の歴史学教授であるユヴァル・ノア・ハラリ氏で、人類がたどってきた道のりを明快に論じているが、内容は多岐にわたり、しかもかなりのボリューム感がある。
人類が初めて姿を現したのは250万年前の東アフリカで、サピエンスは20万年前には既に東アフリカで暮らしていたが、7万年前から3万年前にかけて新しい思考と意思疎通の方法が登場したとのことである。これは認知革命と呼ばれており、虚構すなわち架空の事物について語る能力や、無数の赤の他人と著しく柔軟な形で協力できる組織力を獲得したことにより、食物連鎖の頂点に立つことになり、他のホモ族を滅亡させることにもなったと述べている。
紀元前12000年前後にトルコの南東部やイラン西部で小麦の栽培やヤギの家畜化などが始まり、オリーブやブドウの木は紀元前3500年前に栽培化されているが、こうした農業革命は人口爆発と飽食のエリート層の誕生につながったものの、平均的な農耕民は苦労を強いられることになった。著者はこうした状況を「小麦が私たちを家畜化した」と表現し、史上最大の詐欺だったと説明している。
紀元前2250年頃に最初の帝国であるアッカド帝国ができ、100万を超える臣民と5400の兵から成る常備軍を誇った。その後は紀元前500年にかけて後期アッシリア帝国、ハンムラビ法典のバビロニア帝国、ペルシア帝国ができてグローバル化が進んだ。その結果、紀元前10000年ころには地球上には何千もの社会があったが、紀元前2000年には数百ほどに減少し、西暦1450年には人類の9割がアフロ・ユーラシア大陸という単一の巨大世界に暮らすようになり、その後の300年間に南北のアメリカ大陸やオーストラリア大陸もヨーロッパ人に征服されて世界全体がグローバル化されたとのことである。
更に500年前には科学革命が起きて、資本主義や帝国主義と連携してヨーロッパ人に世界を支配する力を与えることになり、200年前に起きた産業革命は生産量の飛躍的な増加と人口の増加をもたらしたが、他方では多くの動植物を絶滅に追い込んだ。著者はこのままだと世界の大型生物は、人類と家畜以外は姿を消すだろうと述べている。
現在の人類はおとぎ話の中にしかあり得えなかったほどの豊かさを享受している。小児死亡率は5%未満に低下し、暴力の激減や国家間の戦争の事実上の消滅や大規模な飢饉の一掃がほぼ実現した。しかし、幸福は主観的厚生であって心の中で感じるものであり、富や医療、家族の絆が幸福感を高めるのは事実であるが、客観的な条件と主観的な期待との相関関係によって決まると述べている。また人生の意義や未来の人類についてもふれている。
本書の中に頻繁に登場する「虚構」という言葉は、辞書では「作り話のこと」となっているが、この本の中では抽象的な思考能力によって作りあげられた概念や文化のことを指しているようである。我々サピエンスは自らが作り上げた虚構により支配されつつあるように思える。地球の環境を破壊し、グローバル化のもとで少数者を迫害してきた我々の歴史を今こそ深く反省すべきではないだろうか。
『サピエンス全史(上)・(下)文明の構造と人類の幸福』
著者 | ユヴァル・ノア・ハラリ |
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発行所 | 株式会社河出書房新社 2016年9月30日 初版発行 |
定価 | 本体3,800円+税 |
(令和5年7月号)