細野 浩之
以前、『スマホ脳』を見つけ、売るための題名のつけ方に疑問を感じつつ、読んでみると、きちんとした学術書であり、淡々と事実が分かるようにまとめてあり、非常にわかりやすく、面白く、ためになった。この『スマホ脳』の著者、アンデシュ・ハンセンの著書ということで、題名に再び疑問を感じつつ、手に取ってみた。原題は「Hjärnstark」で直訳すると「強い脳」でしょうか? 脳科学者である彼の、一般向け学術書である本書は、非常にわかりやすく、また忘れていた脳神経学の基礎も思い出させてくれ、とても興味深いものだった。
最新MRIによってここまで脳の機能的変化と物理的変化を解析できるようになった、という技術の進歩を感じるとともに、人間の脳は進化していない、というショックもあった。著者は言う、「生物学的には私たちの脳と身体は今もサバンナにいる。私たちは本来、狩猟採集民族なのである。そして運動することが脳に与える効果は、生存確率を上げるために必要なことだった。」
運動は、やれば気分が爽快になるし、ストレス解消になり、よいとは思っていたがここまで脳に影響を与えるとは思っていなかった。影響の理屈と内容を一つ一つ論文の内容から解説し、著者は「脳のアップグレード」、「運動で脳は物理的にかえられる」という言葉まで使っている。
以前から、尊敬する先輩の先生方が、皆同じように、時間を見つけてはランニングをしたり、筋トレをしていた。それは、ストレス解消や、気分転換のため、行っていた面もあったのだろうが、脳の機能改善も行っていた(「アップグレードしていた」)と考えると、妙に納得がいくのである。
著者が指摘しているが、ヒポクラテスの言葉で「人間には歩くことが何よりの妙薬になる」。運動が肉体的かつ精神的な健康のためには欠かせないことを、すでに2500年前から、ヒポクラテスは知っていた。脳に対しては、「脳トレ」などのグッズに効果があると、もてはやされていたが、そのようなものは、全く効果なく、体を動かすことが、あらゆる認知機能を上げるのだという。
そして、最後に著者は言う、「ただちに本を閉じよう。そして、運動をしよう。」
脳に対して、これだけの効果があるのだから、認知機能が問題となってきた患者にも強く運動を勧めたいのだが、やれ腰が痛い、やれ膝が痛い、動くと疲れるからいやだと、何かと運動を避けるようにしている。そのような患者に、少しでも運動の重要性を、少しでも運動したくなる環境を与えてあげたいと考える。薬の投与ではなく、体を動かす習慣を投与するためのバイブルとして、本書を活用したいと考えている。
まずは自分に言い聞かせ、日々運動習慣をつけていこうと考えている。さて、本はライブラリーにしまって、運動することとしよう。
『運動脳』
著者 | アンデシュ・ハンセン (訳者:御舩 由美子) |
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出版 | サンマーク出版 |
発売日 | 2022年8月19日 |
定価 | 1,650円 |
(令和5年8月号)