根本 美歌
子供の頃から、私にとって読書は娯楽です。そしてずっと図書館派です。タイトルに惹かれたり、表紙のデザインで選んだり、様々な本を手に取り読んでみます。でも相性があり最後まで読めないこともあって、自分で本を読むために購入することはほとんどありません。結婚後は図書館に行く時間がとれない時、同じく図書館派である義母の借りてきた本を、横から失敬して読むようになりました。すると読んだことのないジャンルのおもしろい本に出合えて、新たな楽しみになりました。義母のおかげで知ることができた作家さんの一人を紹介します。
植松三十里さん、出版社勤務を経て、40歳代で小説家になった方です。ジャンルは歴史小説で、これまであまりスポットライトがあたっていない人物を取り上げた作品が多いです。どれも詳細な調査をもとに、その人物への敬意をもって書き上げられています。歴史に疎い私にもとても分かりやすく、ストーリーとしておもしろいのです。
初めて読んだのは『千の命』です。主人公は賀川玄悦、日本の近代産科学の礎を築いた方です。恥ずかしながら、私はこの方について全く知識がありませんでした。女性が難産で命を落とすことがしばしばあった江戸時代に、母体を救う方法を編み出し、多くの命を救った人物です。妊娠中の正常胎位を世界に先駆けて発見した方でもあります。亡くなった胎児を体内から取り出さなければ、母体が命を落としてしまう状況に際し、専用の器具もない時代に初めてやってみたその方法は、私の想像を絶するものでした。周囲から誤解を受けながらも、自らの信念を貫いた生き様に感動します。当時の女性の生き方についても知ることが多く、読んで良かったと思える一冊でした。
この他、様々な人物の生涯を独自の視点で描いた作品がたくさんあります。中でも私がおすすめしたいのは、『かちがらす 幕末を読みきった男』です。幕末の佐賀藩主、鍋島直正公を主人公とした作品です。私はこの本を読んで、母校である佐賀医科大学(現佐賀大学医学部)在学中、一度も佐賀城址を訪れることなく、幕末の佐賀藩の立ち位置についても全く知らずに過ごしてきたことを、深く反省させられました。こんなリーダーが現在の日本にいたら、と思わずにはいられない名君です。当時流行した天然痘の予防策として牛痘接種を民衆に普及させるために、痘苗(当時のワクチン)を海外から取り寄せ、いち早く自身の嫡子に接種した方です。これだけでもたいした人物だと思う出来事ですが、主題はこの事ではありません。有名な幕末のヒーロー達と比べて知られていませんし、必ずしも良い描き方はされないこともあるようですが、どの立場から見るのかで印象は全く違ったものになるのだと思いました。題名の通り、幕末の混乱の中、卓越したリーダーシップと先見力で、藩を率いて日本をも守り抜いた方です。けっこう読み応えはありますが、おもしろくて一気に読めます。
幕末の雄藩〈薩長土肥〉の肥は肥前ですが、「まあ分かるけど、肥は要らないんじゃない?」と思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。この本を読めばきっと納得できます。肥がなければだめな理由。よろしければぜひ、ご一読下さい。
『千の命』
著者 | 植松 三十里 |
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出版 | 講談社 |
定価 | 1,980円(税込) |
『かちがらす 幕末を読みきった男』
著者 | 植松 三十里 |
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出版 | 小学館 |
定価 | 1,925円(税込) |
(令和5年9月号)