大橋 美奈子
植物の話というと、なんだか難しそうでとっつきにくいですが、この本は誰でも楽しく読める豆知識本です。読むと、へえ~そうだったのか……と思うような話のネタが満載で、植物の秘められた生態、生きぬくための緻密な戦略、複雑な進化についてわかりやすく書かれています。
これまで、人類は常に様々な感染症と戦ってきました。本の冒頭では、それは植物も同じで、最もやっかいな敵はウイルスだと書かれています。危険な環境から逃げることができない植物たちは、いくつもの防衛手段を持っています。たとえば、葉の表面にはワックス層があり水をはじきますが、これは病原菌の侵入・繁殖を防ぐためです。また、普段は光合成、呼吸、蒸散の役目をしている気孔は、病原菌の攻撃を察知すると速やかに閉鎖しバリケードを築きます。同時に細胞壁も厚く変化していきます。それでも病原菌が侵入してしまった場合には、その細胞は病原菌もろとも自ら死滅し、周囲の細胞を守るそうです。
幾重もの鉄壁な防御策を講じても、ウイルスとの長い戦いの歴史の中で多くの植物が絶滅していきました。ごくわずかな植物だけが、共に生きる術を獲得し現存しているのです。
植物の「ウイルスとともに生きる」という戦略は、私達の身の回りでもみられます。たとえば、イチゴの葉の先の成長点だけを取り出して培養すると、生育が良くなり収量が増えるそうです。成長点の新しい細胞はまだウイルスが感染していないので、その苗はウイルスフリー苗と呼ばれます。もちろん、ウイルスフリーでないイチゴも、感染したような症状は見られません。植物の中でウイルスは弱毒化し、うまく取り込まれているのです。ウイルス側からしても、植物と戦い共倒れになるよりは、共存してひっそりと生きのびる方が好都合なのでしょう。
さて、写真1は私が育てている斑入りのシェフレラです。3か月前に10cmくらいのミニサイズで購入して、今は30cmほどでしょうか。まさかの成長スピードです。斑とは、花びらや葉に白、黄、赤などの複雑なまだら模様が入ることで、大変人気があります。私はこの本を読むまで、それがウイルス感染によって部分的に色素異常が生じたものだと知りませんでした。17世紀のオランダでは、斑入りのチューリップであるブロークン・チューリップがもてはやされ、家一軒分ほどの高値で売買されたとか。ウイルスとの共存に成功した植物は、同時に美しさも手に入れたわけです。
写真2はアンスリウム。この可憐さに一目ぼれしました。赤やピンクのハートの形が愛らしくて心が和みます。華やかな花のように見えますが、実は仏炎苞といって葉の類です。では花はどこでしょう。意外にも、中心にあるマックフライポテトみたいなところ。見るたびに不思議な形だなあと思います。きっとこの形にも理由があるのでしょうね。植物は本当に謎だらけです。
『面白くて眠れなくなる植物学』
著者 | 稲垣栄洋 |
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出版 | (株)PHP研究所 |
定価 | 814円(税込) |
発売日 | 2021年2月16日 |
(令和5年11月号)