谷啓 光
この2冊は、マンガ『釣りキチ三平』シリーズの作者、矢口高雄さんの自伝です。『釣りキチ三平』は1970年代に掲載が始まったマンガです。天才釣り少年三平三平君が大活躍して大人たちを圧倒するストーリーが痛快で、私のような釣りキチ少年には大人気でした。私は当時すでに中学生だったはずですが、秋田の山奥に行くと、三平少年やユリっぺ、一平じいさんらが豊かな自然の中で岩魚を釣ったりして茅葺きの家で暮らしていると真面目に信じ込んでいました。
矢口高雄さんは1939年に秋田県雄勝郡西成瀬村(現横手市)の最奥の集落で生まれました。どんなに田舎で貧しかったかというと、まず新聞を購読している世帯が1軒しかなかったりとか、高校に進学したのは矢口高雄さんが初めてだったりとか、生い茂ったクズを刈り取って大八車で運搬して里の農家に家畜の飼料として売って現金収入にしたりとか、本当に私と20年しか違わない時代の話なのかと驚きました。
また、百日咳に罹患した実弟は経済的な理由で医師の診察を受けることができずに亡くなったそうです。悲しいことに国民皆保険制度がなかった時代だったのです(国民皆保険制度は1961年から開始しました)。
東京への修学旅行のエピソードも凄いんです。終戦直後で食糧不足の時代でしたが、そこは米どころ秋田です。引率の先生方は生徒らと上京する際に米を隠して持ち込んで、闇米販売で生徒らの旅費を稼いだのだそうです。生きた教育とも言えますが、今の時代なら大問題ですよね。
囲炉裏を中心とした日々と囲炉裏にまつわる悲劇にも驚きました。囲炉裏に落ちて火傷したのは野口英世博士だけではなかったのです。囲炉裏で子供が火傷する事故はよくあったそうで、顔を火傷した娘の将来を悲観した母が我が子を殺した実話も載っています。
茅葺き屋根の農家暮らし、まだ機械化されていない農作業の過酷さ、様々な山菜のことなど書かれており、矢口高雄さんの思い出話というよりは、当時の山村の生活を記録した貴重な資料だと思いました。
旅行や山歩きで秋田県に行くことが毎年のようにあります。そんな折にはいつも秋田県雄勝郡西成瀬村辺りをドライブしてみようかなという誘惑にかられます。でも山村は寂れているだろうし、三平少年もユリっぺも一平じいさんもあの家ももう存在していません。私の脳内妄想に永久保存しておくことにしています。
『ボクの学校は山と川』
著者 | 矢口 高雄 |
---|---|
出版 | 講談社 |
出版日 | 1993年10月15日 |
定価 | 667円(税別) |
『ボクの先生は山と川』
著者 | 矢口 高雄 |
---|---|
出版 | 講談社 |
出版日 | 1995年7月15日 |
定価 | 619円(税別) |
(令和5年12月号)