山口 雅之
2023年のNHK大河ドラマ『どうする家康』は平均視聴率11.2%と、史上2番目となる低視聴率で終了しました。ちなみに昨年、三谷幸喜氏の脚本で話題となった『鎌倉殿の13人』でも平均視聴率12.7%で下から4番目です。『どうする家康』に対しては「キャストが歴史上の人物のイメージと合わない」「時代考証が甘い」など歴史ファンからの様々な批判もあったようです。ドラマはあくまで脚本家の好みで作られるものであり、歴史再現ドキュメンタリーでないのですから、色々な設定があってもいいように思って見ていました。
今回ご紹介する『論争 関ヶ原合戦』(新潮選書)は、『どうする家康』で消化不良になった歴史ファンにもご満足いただける一冊と思います。著者は国際日本文化研究センター名誉教授で歴史学者の笠谷和比古氏です。氏は今までも従来からの歴史像を打破する新たな歴史観を提唱され、それまでの武士道観、忠義観を大きく変革するような業績を上げられています。この本は2022年に出版された氏の最新の著作です。「関ヶ原合戦」に至るまでの軍事・政治状況を再分析し、様々な「従来の関ケ原史観」を論破しています。氏の今までの著作では、歴史学者的な堅苦しい切口上が多かったですが、今回の書では徳川家康が抱えていた、東軍に加担した豊臣恩顧の武将達に対するジレンマが熱く語られています。長きに渡った戦乱の世を終わらせ、260年続く戦いのない世界を実現した家康は、決して優柔不断な泣き虫ではなく、根回しを十分にして慎重に物事を進める「狸親父」だったのでしょう。
年表を改めて見てみると、織田信長は33歳で岐阜から上洛して天下取りに乗り出して、「本能寺の変」で自刃して果てたのはその16年後でした。豊臣秀吉は「本能寺の変」後の清須会議にて46歳で織田家のトップとなり、2年後に関白、3年後には太政大臣にまで上り詰めて天下統一を成し遂げています。62歳で没するまでの年数は偶然にも16年でした。徳川家康は「小牧・長久手の戦い」で秀吉に勝利しながらも、不利な和睦条件で秀吉の臣下となったのが45歳で、その4年後には江戸へ移封させられています。「関ヶ原合戦」で東軍を率いて、石田三成率いる西軍に勝利した後、征夷大将軍に叙任され江戸幕府を開いたのがやはり16年後の61歳でした。
徳川家康は征夷大将軍となり武家の棟梁となっていたにも関わらず、「関ヶ原合戦」後の14年後に再び、「大坂の陣」で豊臣秀頼と対峙することになります。「関ヶ原合戦」後に徳川家康は東軍に参加した豊臣系武将に対し、手厚い領地配分、給付を行っていますが、その領地の領有承認の主体は、征夷大将軍ではなく関白秀吉の後継者の豊臣秀頼と認識されていたと『論争 関ヶ原合戦』の中で解説されています。この徳川家と豊臣家が一定の対等性を保っていた状況を「二重公儀体制」と評価する笠谷和比古氏の説を疑問視する見解もあるようです。江戸幕府創設から「大坂の陣」にいたるまでの裏事情が気になるところですが、笠谷和比古氏は「稿を改めて論ずる」とされていますので、次回作に期待です。
『論争 関ヶ原合戦』
著者 | 笠谷和比古 |
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出版社 | 新潮社 |
発行日 | 2022年7月25日 |
定価 | 1,650円(税込) |
(令和6年1月号)