浅井 忍
今年はホラーの帝王スティーヴン・キングの作家生活50年を迎える。キングの創作意欲は衰えず、長編の邦訳が続々と出版されている。著作の多くが映画化もしくは映像化されていて、代表的な映画を挙げると、『キャリー』(1976)、『シャイニング』(1980)、『ミザリー』(1990)、『ショーシャンクの空に』(1994)、『スタンド・バイ・ミー』(1996)、『ドクター・スリープ 』(2019)、そのほかにも挙げればきりがないほどの多くの傑作がある。
キングはストーリーテラーである。例えばメイン州の田舎のドラッグストアでの客と店員とのやり取りを、何ページにもわたり書く筆力がある。話運びが上手く面白いからそのぶん本が厚くなる。電話帳を写しても小説になると同業者に本の厚さを揶揄されたりもする。実際にキングの小説は以前から厚いが、最近出版されている小説はますます厚みが増しているように思われる。キング自身が意図的に厚くしている感がしないでもない。
本書には含みのある比喩を多用するキングの文章作法がぎゅうぎゅうに詰まっている。本書のはじめの部分は、キングの幼いころから『キャリー』が売れるまでの日々を綴った「履歴書」であり、中盤以降は文章読本のおもむきになっている。特筆すべきは、本書の執筆中の1999年に日課の散歩中に車にはねられ瀕死の重傷を負ったことである。轢いたのは危険運転が常習の女性であった。救急ヘリが到着するまでの相手とのやり取りをこと細かく書いている。無事に生還するのだが、文章読本を執筆中に死にかけたのは、世界広しいえども私だけだろうと述懐している。そして、リハビリに耐えて本書を仕上げたというから、本書のありがたみが増す。
著者の助言を挙げると、無駄な副詞は極力使うな。手垢にまみれた直喩や暗喩は切って捨てる。狂ったように走った、夏の日のように美しい、ひっぱりだこの人気など、書かないほうがましだ。自動詞を使え、他動詞を使うと格調が高くなるというのは間違い。文章を読んでいることを忘れさせる文章を書くと、必然的に文章は短くなる。会話を説明する言葉は不要で、「言った」がいいという。
一次稿を書いたあと、読み直して象徴的なものを見つけることがあるという。例えば『キャリー』であれば「血」である。もちろん第一次稿を書いているときに、血を意識していたわけだが、二次稿ではテーマの血をより磨き上げていった。
「書くことについて」の項は、書く者にとって知っておきたい、キング流の小説作法が披露されている。
『書くことについて』
著者 | スティーヴン・キング 田村義進訳 |
---|---|
出版 | 小学館文庫 2013年 412頁 |
定価 | 本体800円+税 |
(令和6年5月号)