佐藤 信之
私は英語学習をライフワークの一つとしています。現在、目標としているのはミステリーなどの小説を原書でスラスラ読むことです。かつてマット・デーモン主演の『ボーン・アイデンティティ』の映画を観てとても感動・感激し原本で読んでやろうと思い早速ペーパーバックを購入しました。DVDで何度も観ましたのでストーリーは頭に入っています。ところがざっと読みはじめた途端、知らない単語が連発するし、小説ならではの言い回しなどもありテンポよく読み進めることができず、臨場感がゼロになりました。映画なら2時間で終わるのにペーパーバックを読み切るには1年以上はかかるぞ、と大きな壁にぶちあたったわけです。そんな時に出会ったのが本書です。越前敏弥氏は小説翻訳家として数多くの本を出版しています。特に『ダビンチ・コード』は映画にもなりましたのでご存じの方も多いのではないでしょうか。英語教育の一部には「構文、文法にとらわれずとにかく英文を頭から訳し日本語を経由せず理解することが必要」などの風潮がありますが本書のアプローチはそれとは一線を画すものとなっております。プロの翻訳家らしく細かい点にもこだわって訳出していくわけです。本書の内容は誤訳しやすい短文を主体として例題が提示されそれぞれについてひっかかり易い点などを解説しています。ちょっと例をお示しします。
「You’d be so nice to come home to.」
いかがでしょうか。なんとなく読むと「あなたが家に帰ってくれれば嬉しいわ」と訳しませんでしたか?実はこれ、「タフ構文」といわれるもので It would be so nice to come home to you. の変形で「あなたのもとに帰れたら、なんとすばらしいか」と訳します。核となる形容詞がtoughなど「難易」もしくはpleasantなど「快・不快」を表す場合に限り使用できるそうです。
ついでにもう1題
「We can hardly imagine thought without language – not thought that is precise, anyway.」
ハイフンあとの完全な形はWe can NOT imagine THOUGHT that is precise, anyway. で、「言語なしで物を考えることなど、ほとんど想像できない。とにもかくにも、正確に物を考えることはまったく想像ができない。」と訳します。
これもなんとなく読んでいるだけではhardlyとnotの文中での微妙な意味の違いや文構造の成り立ちも理解しづらいのではないでしょうか。こんな感じで英語精読を学ぶ際の大切なことをわかりやすく解説してくれていますし、短い文が主体なのでスラスラ読み進めることができます。本書のほかにも越前氏は何冊か翻訳解説的な書籍を出版しておりとても有益です。最近出版された『名作ミステリで学ぶ英文解釈』(ハヤカワ出版)はエラリイ・クイーンなどの小説を題材に文庫本1ページ程度の英文についてわかりやすく解説しています。この本なんかを読むと『ボーン・アイデンティティ』の原書を何の解説もないまま読むのはかなり難しいのではと痛感させられます。今後も本書のような書籍でエクササイズ、インプットして本番である原書読破を目指していきたいと思っています。いつの日かわかりませんが…。
『越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 決定版』
著者 | 越前敏弥 |
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出版 | ディスカヴァー・トゥエンティワン |
発売日 | 2019年8月29日 |
定価 | 1,980円(税込) |
(令和6年9月号)