勝井 豊
著者の玄間太郎氏は三島郡出雲崎町生まれで、新聞記者を42年間していた。
『青春の町』、『少年の村─出雲崎慕情』、『起たんかね、おまえた─天明・越後柿崎一揆』などの著書がある。
『黄金と十字架─佐渡に渡った切支丹』は、江戸初期の佐渡金山が舞台になっている。あとがきによると、この著書の縦糸は幕藩に虐げられた金山鉱夫、隠れ切支丹、遊女、百姓たちの嘆きと怒り、連帯と闘いであり、横糸は切支丹の崇高な殉教で、全国で十数万人から二十万人と言われる殉教者一人一人に尊いドラマがあると述べている。
著者はノンクリスチャンで史資料は皆無に等しい中で、点をつなぎ合わせて面にして、登場人物を設定して物語を紡いでいる。地元や佐渡・相川のキリスト教会の協力を得ながら2年間かけて難航の末に完成させたとのことである。本書の内容を紹介すると、プロローグでは佐渡ヶ島では鎌倉時代から金が採掘され、江戸時代初期に大規模な鉱脈が発見されて、奉行所や問屋、遊郭が作られたとされている。第1章佐渡、および第2章伏見の春では、京都の切支丹が佐渡へ布教に来たことが書かれている。第3章及び第4章では、神父が来島して布教する様子が描かれている。第5章と第6章では江戸や島原での切支丹迫害のことが紹介されており、第7章では佐渡の切支丹100名余りが中山峠で処刑された様子がフィクションのかたちで描かれている。
ごく平凡な庶民が迫害の続く中で徐々に先鋭化して、やがては権力と激しく対立するようになるが、あくまでも非暴力を貫いていく様子がリアルに描写されている。苦難の中にあっても希望を失うことがなかったとされている人々がこの物語の主人公であり、迫害する側の人々は脇役に過ぎないのがこの物語の特徴であり趣旨である。
徳川幕府が経営し、その財政を支えたとされている「佐渡ヶ島の金山」であるが、実際に金山を支えていたのは切支丹を含む様々な人々であり、その一人一人に崇高なドラマがあることをジャーナリストの視点で描写していることに本書の価値があるように思える。
『黄金と十字架─佐渡に渡った切支丹』
著者 | 玄間太郎 |
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出版 | 東京図書出版 2015年初版 |