松浦 恵子
生粋の新潟人である(つもりの)私にとって”ちょちょら”は新潟の方言(新潟弁)です。AIも「『ちょちょら』とは、新潟の方言で、いい加減、適当、だらしないなど、様々な意味を兼ね備えた言葉です」と言っています。
私の読書は、ほんぽーと(新潟市立中央図書館)に依存しています。時代小説を読むことが多く、最近は畠中恵さんの”しゃばけ”シリーズ(江戸の町に暮らす人と妖の噺)を順に借りています。
ある日、ほんぽーとの書架で”しゃばけ”と並ぶ『ちょちょら』というタイトルが目に飛び込み、「え?なんで新潟弁⁈」と驚いて思わず手に取りました。中扉には「『ちょちょら』弁舌の立つお調子者。いい加減なお世辞。調子のよい言葉。東京堂出版 江戸語辞典より」とあります。私は「へえ~、ちょちょらにはそんな意味もあるの?新潟弁だけじゃなかった!江戸語?もしや全国区?」と嬉しくなって早速借りました。
畠中恵著『ちょちょら』は、今から約200年前、1800年代前半頃の江戸が舞台です。主人公、間野新之介は兄・千太郎(切れ者であり、手本とすべき人物)の謎の自刃を受けて、播磨の国、多々良木藩の江戸留守居役を突如拝命します。新之介にこの大役の命を告げたご家老様は、多々良木藩の殿に対して新之介のことを「平々々凡々々」な人物、と説明されました。自身でも、飛び抜けて良くも悪くもない者だという自覚を持っている新之介は、なにゆえにこの間野新之介をそんな大役にお就けになるのか⁉と戸惑いを隠せません。前任である兄・千太郎の突然の死という急な話である上、藩財政が大きく傾いている危うい時期故に、他にこれという引き受け手が見つからなかった為の”江戸留守居役”就任だったようです。
そもそも江戸留守居役とはどんなお役目なのか?これには二通りがあるとのこと。そのひとつは大名家家老など、身分の高い方がなる役職で、藩主不在時などに藩を守り統べる役目。今ひとつの江戸留守居役は、聞番、御城使いなどともいわれるお役で、これには我らが新之介のような中程度の藩士がなる、藩の外交面を引き受ける者で、それ以外にも多岐に渡る役目を担うというもの。
後者の(即ち本書の主人公が務める)江戸留守居役には眉を顰めるような噂がついて回っている。曰く、江戸留守居役は藩の財政を傾けるほどに金を使い、豪遊の限りをつくす、とんでもない者どもである。曰く、盛り場などで騒ぎを起こす迷惑な輩だ、などというもの。かつては、豪遊も可能だったでしょうが、多くの藩が財政難に陥っている新之介らの時代では、この噂は実情に合わない誹謗中傷といえます。
役目を継いでひと月ばかりの新之介には未だに摑み切れていないお役の数々について、他藩の同役で作られた留守居役組合の五人の先輩諸士が組合の寄り合いを通して厳しくも厳しいしごき、もとい教育(ある意味新参者虐め)で新之介を鍛えてくれます。
私にとって初耳の江戸留守居役は、自藩と幕府との橋渡し役、自藩を守るための情報戦をこなす重要な役割であることを、読み進むうちに知りました。情報を得るために幕府の中枢に近い人物(表坊主や奥御右筆ら)へ進物を送ることで人脈をつくる。進物は金子であったり、相手が好む品々(巻物、時に菓子など)、先方の状況を目ざとく察知して縁組先の世話などもこなす。接待の場を設ける。個別に情報入手、または目的を共にする留守居役組合の他藩と情報を共有する。そのために、ご家老から嫌な顔をされながらも藩の財源からどうにか費用を引き出さなければなりません。
兄の死の謎解きに続き、物語は藩にとっては多大な負担を強いられる「お手伝い普請」の命が幕府から出されるようだ、との情報へと展開します。酷しい財政状況の諸藩が頭を抱える事態、人脈や付け届けだけでは回避できそうにない幕府のお達しから、どう逃れるか?留守居役仲間(時にその仲間が敵なのか味方なのか、わからなくなる場面も)と共に、新之介の手に汗握る奔走ぶりが描かれるクライマックスからは目が離せません。
本書の宣伝文「新たなヒーロー登場!お江戸のサラリーマン新之介は今日も大忙し!接待、付け届け、情報戦、人脈作り。武士がガンバるお仕事小説」が物語の全貌を的確に表してくれています。
ところで、最初に私をこの本に引き付けた「ちょちょら」はどうなった?全編を読み終えて振り返ってみました。ちょちょらとは新之介のこと?いや、他の誰か?全体のテーマ?新潟弁で考えても江戸語辞典の解釈でも、ちょちょらに当てはまるものが話の中に見当たりません。ちょちょらな人物も、ちょちょらな事象も無かったというのが私の判断です。本書のタイトル『ちょちょら』は何を意味するのか?という謎が解けぬまま、本稿を終わらせることをどうかお許しください。
『ちょちょら』
著者 | 畠中恵 |
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発行所 | 新潮社 |
発行年 | 平成25年9月1日 |
定価 | 本体710円(税別) |