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新潟市医師会報より

新潟市医師会

『どうしても生きてる』

須田 生英子

著者には、『何者』『正欲』などの代表作がありますが、ここで紹介させていただくのは短編集です。今回は、その中に掲載されている「籤」という作品を通して著者の魅力を感じていただけたら、と思います。

物語は鍋倉みのりという女性の視点から語られます。彼女は演劇好きで、それが高じて劇場の契約社員として働いています。現在妊娠5ヶ月です。しかし最初、読者には主人公が女性であることや外れ籤の確率の情報しか知らされません。物語が進んでいくと、みのりが人生の様々な場面で直面してきた籤の確率や多くの「外れ籤」の内容とともにみのりの人物像と彼女の置かれている状況が明らかになっていきます。読み進めるほどに主人公の内面に引き込まれていってしまうこの手法に、おそらく多くの読者は心を掴まれることでしょう。

物語の中でみのりと対比される存在として、夫の智明、みのりの双子の兄である健悟、劇場アルバイトの藤堂君が登場します。3人共みな男性であることには、妊娠しているみのりとのコントラストを際立たせる著者の意図がうかがわれます。彼らは、人生で外れ籤と思われる現実に直面した際に総じて「自分はこんなはずじゃないんだ」と考え、その籤を他人に押し付けたり、逃げたり、リセットしようとしたりします。この反応は、性別関係なく私たちに当たり前に湧いてくる感情です。しかし、妊娠とともに大きな困難に直面したみのりは、「引き当てた籤がどんなものでも、人生を変えてでも、それでもやるしかない」と考え、過去の困難を乗り越えてきた経験から「きっと、大丈夫。これまでみたいに、不安で不安でたまらないまま、大丈夫になるまでどうせまた生きるしかない」と覚悟を決めます。

フィクションですから、物語はここで結びを迎えますが、現実ならばここから険しい道のりが待っています。

私たちが日常接する「病(やまい)」は、ほとんどの場合が外れ籤に分類されるものだと思います。そしてそれは他人に押し付けることも、逃げ出すことも、なかったことのようにリセットすることもできないものです。病と対峙するとき、人がどのように受け止めその人生を進んでいくのか、というのは、本人の人間力に関わる大切な問題です。みのりのように自分ひとりの力で生きていける人は、現実の世界にはそう多くはないと思います。でも人生の所々で伴走を続けてくれる人がいたなら、何とか形を整え、病を自分の人生の線路にはめ込んでいこう、と考える人が増えてくれるのではないでしょうか。

著者は私より26歳も年下なのですが、性別も年齢も関係なく様々な人たちの心の中を物語の中で鮮やかに描き出します。いつも「どれだけの人生経験と想像力があるとこんな人物が生み出せるのだろう」と不思議な気持ちになります。さらに登場人物には、生きていく底力や生きることへの強い思いを込めている、と感じることも多く、それが私を引き付けてやみません。題名が『どうしても生きてる』となっていて「生きている」ではないことに著者の強いメッセージを感じてもいます。この短編集はほかの作品も魅力的ですので、お時間の許すときにぜひ一度手に取って読んでいただければ幸いです。

『どうしても生きてる』

著者 朝井 リョウ
発行 幻冬舎
発行日 2019年10月10日 第一刷発行
価格 1,760円(税込み)

(令和8年2月号)

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