新潟市民病院 佐藤 大輔
ほんの一年前までは、マスクをつけるのが当たり前の光景でした。マスクをしていない人を見ると、「あれ、この人何か忘れてない?」なんて思ったものです。しかし、2023年5月に新型コロナウイルスの分類が2類から5類に変わってからは、今年の猛暑も手伝って街中でマスクをつける人がどんどん減っていきました。こんなにも簡単に常識が変わってしまうのだと、改めて驚かされます。あれだけマスクをし続けていた自分を振り返ると、なんだか笑えてきます。
この「常識の変化」、実は医療現場でもよくある話です。消化器外科医として四半世紀を過ごしてきましたが、昔「当たり前」だったことが、今では「非常識」になっている場面をたくさん見てきました。医療の進化は目覚ましいですが、時にそのスピードについていくのは骨が折れます。若い頃に習ったことが、今ではすっかり過去の遺物になっているなんて、外科医としての宿命かもしれません。
例えば「傷の処置」。私が医師になりたての頃は、毎日回診で患者さんの傷口にイソジンをこれでもかと塗っていました。でも今では、消毒はかえって治癒を遅らせることがわかり、術後48時間はガーゼを当てっぱなしで、あとは「触らない」方が良いとされています。時代の流れは、傷口にまで厳しいようです。昔は「乾かせ!」だったものが、今では「乾かしすぎるな!」ですから。
消化器がん治療の手術法も、大きく変わりました。私が医師になった頃、手術といえば開腹が基本でした。胆嚢摘出は腹腔鏡手術で行われていましたが、今や多くの手術が腹腔鏡手術に移行し、第一選択肢になっています。そして、ここ数年でさらに進化したのがロボット支援下手術。当初は触覚がなくて、手術ができるのか?と不安でしたが、拡大視効果や関節機能や手ぶれ補正は触覚のなさをカバーし、今や多くの疾患でロボット手術が導入されています。一度ロボットの快適さを経験してしまうと、もう腹腔鏡には戻りたくないと思ってしまうほどです。もちろん、機器の台数が限られていたり、コストの問題もありますが、それでも一度慣れてしまうと、その恩恵は手放せません。
化学療法の進化も目を見張るものがあります。新薬が次々と登場し、治療の選択肢が広がる一方で、副作用の管理や、遺伝子解析を基にした治療も増えてきました。進化はありがたいですが、その度に「自分はちゃんとついていけているのだろうか?」と不安になることもあります。新しい薬や治療法に追いつくのは、診療に追われている身としては決して楽なことではありません。
「もう勘弁してほしい」と思うこともありますが、医療は進化し続けます。「昔はこうだったなぁ」と懐かしむ余裕もないまま、次の進化に対応しなければならない。それが医師の宿命です。変化に柔軟に対応し、進化を恐れずに新しい知識と技術をアップデートし続けること。それが私たちに求められる姿勢でしょう。
マスクを外すことに最初は戸惑いながらも、すぐに慣れた私たち。医療の常識の変化にも同じように慣れ、そしてそれに応じて進化し続けなければならない。そんなことを感じながら、今日もまた手術室に向かいます。
(令和6年10月号)